「明らか食品」に関する判例を踏まえ薬機法の観点からの訴求表現の限界を検討する
明らか食品とは
野菜や果物の効能効果として、食物繊維が糖の吸収を穏やかにし、血糖値の急上昇を防ぎ、循環器疾患やがんなどの生活習慣病を予防する働きがある、などと言われることがあります。https://www.city.tachikawa.lg.jp/kenkosuishin/shokuikutomato.html
しかし、薬機法は、医薬品的な目的を有している物を「医薬品」に該当するものとして規制を行っています(目的規制)。
そうすると、野菜や果物などを加工したスムージーや、冷凍食品、加工食品などについても、野菜や果物について言われる効能効果を表記することは許されないのか、という点が問題になりそうです。
結論からいうと、誰が見ても明らかに食品だと認識される物については、それについて医薬品的な効能効果を表記しても、ただちに医薬品とみなされることはなく、薬機法の規制対象にはなりません。
「明らか食品」とは、厚労省の通知によれば、「野菜、果物、調理品等その外観、形状等から明らかに食品と認識される物」をいいます。
そして、明らか食品に該当する場合には、通常人が医薬品としての目的を有する物と認識しないと判断してよい、つまり医薬品に該当しないと判断してよいとされています。
代表的なものは次のとおりです。
(1)野菜、果物、卵、食肉、海藻、魚介等の生鮮食料品及びその乾燥品(ただし、乾燥品のうち医薬品として使用される物を除く)
(2)加工食品
・例:豆腐、納豆、味噌、ヨーグルト、牛乳、チーズ、バター、パン、うどん、そば、緑茶、紅茶、ジャスミン茶、インスタントコーヒー、ハム、かまぼこ、コンニャク、清酒、ビール、まんじゅう、ケーキ、等
(3)1、2の調理品
・例:飲食店で提供される料理、弁当、惣菜、冷凍食品等
(4)調味料
・例:醤油、ソース等
しかし、上記代表例に分類されていれば、医薬品的な効能効果を表記しても問題がないといえるのか、その点を以下に見ていきたいと思います。ポイントは以下のとおりです
・広告対象物が本当に「明らか食品」に該当するか~薬機法の適用の有無
・「明らか食品」であれば、どんな効能効果を表記しても問題はないか
判例を踏まえた「明らか食品」該当性の判断方法~薬機法の適用の有無
「明らか食品」該当性は、一般的には、食生活の実態を十分勘案し、外観、形状及び成分本質(原材料)からみて一般人からみて容易に食品と認識されるか否かにより判断される、と言われています。
この判断方法を前提にすると、野菜や果物がその本来の形状(収穫された時の形状とほぼ同一の場合)により販売される場合には、原則として「明らか食品」に当たると言って差支えないといってよいでしょう。
しかし、野菜や果物がその本来の形状から加工された場合には、一般人にとって一見して明らかに食品だと認識できなくなりますので、効能効果の表記には一定程度留意する必要があるでしょう。
ここで、過去に裁判で「明らか食品」の観点が取り上げられた例を紹介します。事例は、別記事でも取り上げたつかれず粒事件(最判昭和57年9月28日刑集36巻8号787頁)です。
事案の概要:
被告人Aが販売した「つかれず」及び「つかれず粒」は、いずれもクエン酸又はクエン酸ナトリウムを主成分とする白色粉末(80グラムずつをビニール袋に入れたもの)又は錠剤(300粒入りのビニール袋をさらに紙箱に入れたもの)であった。被告人らはこれを、高血圧、糖尿病、低血圧、貧血、リユウマチ等に良く効く旨その効能効果を演述・宣伝して販売した。ただし、その主成分が、一般に食品として通用しているレモン酢や梅酢のそれと同一であって人体にとって有益無害であった。
上記の事案について、最高裁の判断は別記事で紹介のとおり、その名称、形状が一般の医薬品に類似しているうえ、宣伝した効能効果を踏まえると、通常人の理解において「人又は動物の疾病の診断、治療又は予防に使用されることが目的とされている物」であると認められ、医薬品にあたると判断しました。
ただし、この最高裁判決には、反対意見と補足意見がついており、この意見が「明らか食品」に関する議論をしています。実務上参考になるので紹介します。
木戸口判事の反対意見
【一部要約】薬事法が、本来自由であるべき食品等の供給のうち「医薬品」の製造・販売につき厳格な法的規制をしている最大の理由は、「医薬品」の使用に伴い副作用や中毒等、人又は動物の健康に対する積極的な危険を生ずるおそれがあるという点にあると考えるべきである。規制の目的として、客観的に薬効の保障のないものが自由に売買された場合における、適切な医療を受ける機会の喪失を防ぐという消極的な意味での弊害防止をも目的としたものであると考えることは不合理ではないが、上記積極的な危害防止が最大の規制目的と考えるべきである。
「薬事法による「医薬品」の規制の趣旨が上記のようなものであるとすると、健康に対し積極的な危険を及ぼすおそれのある物質はともかく、健康上有益無害と考えられる物質を「医薬品」と認めるのは、慎重でなければならない。世間一般で何らの疑いもなく「食品」として通用しているものの中には、健康上有益で、疾病の予防・治療にも効果があるとされているもの(いわゆる「健康食品」)が、必ずしも少なくはないのであつて、かかる「食品」についてその有するとされる効能効果を標榜して売買したとしても、これをその本来の姿のままで売買する限り、標榜された効能効果に対する国民の常識的な判断を不当に惑わすことにはならず、薬事法が防遏しようとする「消極的な弊害」を生ずるおそれはない。このような「食品」をその薬効の標榜の故に「医薬品」にあたると解することは、国民の健全な常識にも反する。「食品」に若干の加工を加え、これが本来の姿とは異なる外見を呈するに至つている場合には、これと全く同一に論ずることはできないが、その原料である食品と製品との関係が明示されており、その間に本質的なちがいのあるものでないことが何人にも容易に理解することができ、全体として、標榜された薬効に対する不当な過信を生ずるおそれのないものは、やはり「医薬品」にあたらないと考えるべきである。…(なお、前記のような私の基本的立場を前提としても、薬効のない物質を原料とし、その形状・名称をことさら「くすり」に似せ、特定の疾病に対する効能効果を強調して売られるいわゆる「偽薬」については、これを「医薬品」にあたると解すべきことはもちろんである。)。
ところで、本件において、被告人Aが被告会社の業務に関し無許可で販売した「つかれず等」の主成分は、一般に食品として通用しているレモン酢や梅酢のそれと同一であるクエン酸又はクエン酸ナトリウムであり、人の健康上有益でこそあれ、これを摂取することにより積極的な危険を生ずるおそれのあるものではない。そして、同被告人は、右「つかれず等」の主成分及びこれがレモン酢や梅酢のそれと同一である旨を製品の袋や紙箱に明記しているばかりでなく、その効能効果を演述・宣伝するにあたつても、これがあくまで「酢」であることを前提として、「酢」の人体に対する効用を強調するに止めているのである。また、多数意見の指摘するその形状の点にしても、近時の食品の中には、白色粉末をビニール袋に包んだものとか、錠剤型にして箱詰めにしたものなどが、必ずしもめずらしくはないのであつて、本件「つかれず等」の形状が一般の「医薬品」にきわめて類似しているとはいえない(なお、液状の酢は、一般に飲みにくくしかも携帯に不便なものであるから、被告人Aが、これを飲み易くまた携帯に便ならしめるため、その固形化を図つたことには、合理的な理由もあるというべきである。)。さらに、本件「つかれず等」の名称については、果たして多数意見のいうように、医薬品的特徴を具有しているといえるのかどうかすら疑問である。以上の諸点のほか、被告人Aが右「つかれず等」を販売するにあたり、医薬品的な用法を指示した事実はなく、その価格も比較的低廉であること(単価は、おおむね100円から、せいぜい数百円以下である。)など、記録上明らかな諸点に照らすと、右「つかれず等」については、その宣伝方法にやや行過ぎと思われる点がないではないにしても、いまだ、これが、標榜された効能効果に対する国民の判断を不当に惑わすおそれのあるものであるとは考えられないのであつて、その無許可の販売を認めても、薬事法が防遏しようとする弊害を(積極的な弊害はもとより消極的な弊害も)生ずるおそれはないというべきである。したがつて、本件「つかれず等」のようなものは、薬事法上の「医薬品」の概念には該当しないと考えるべきであり、せいぜい、食品衛生法上の規制の対象とすれば足りる。」
これに対して、伊藤正巳判事の補足意見は次のとおり。
「薬事法による「医薬品」の製造・販売の規制の趣旨及び「医薬品」の概念等に関して反対意見の指摘するところは、私も正当であると考える。人の健康上有益無害と考えられる物質については、その薬効を標榜してこれを販売したからといつて、ただちに「医薬品」にあたると考えるべきではないのであつて、その名称、形状、販売方法等とあいまち、標傍された薬効に対する国民の不当な過信を生ずるおそれのないものは、その無許可の製造、販売を刑罰をもつて禁圧するだけの実質的根拠はなく、右のようなものは、「医薬品」の概念にあたらないものと考えるべきである。私は、「医薬品」の定義に関する多数意見の見解も、もとより右のような実質的考慮を否定するものではないと理解している。
ところで、反対意見も指摘するとおり、被告人Aがその効能効果を演述・宣伝して販売した本件「つかれず等」は、その主成分が一般に食品として通用しているレモン酢や梅酢のそれと同一のクエン酸又はクエン酸ナトリウムであつて、そのことは、製品自体に明記されているばかりでなく、同被告人がその薬効を宣伝するにあたつても、右「つかれず等」自体の効能ではなく、「酢」の人体に対する効用を説くという形を崩していないので、これが「医薬品」にあたると考えることには、問題がないわけではない。「酢」は、古来、代表的な健康食品の一つとされているのであり、その健康上の有益性については、有力な学説による裏付けもあるのであるから、被告人Aが「酢」の効用を一般的に説くこと自体は、何ら問題とする余地がないと考えられるからである。しかしながら、本件における同被告人の行為の中には、単に「酢」の人体に対する効用を一般的に説いたというにとどまらないものがあるというべきである。同被告人が本件「つかれず等」を通信販売するにあたつて買主に同封した宣伝パンフレツト(「酢は寿」など)の中には、「酢こそ寿―酢こそ不老長寿の元であり、世界に誇り教えるべき民族の智恵」「疲れは酢で二時間で消える―血液正常化に何よりも酢が大切」「クレブスの理論」など、「酢」の一般的な効用に関する記述のほか、「酢の薬効」として、「医師の多くが投与する……ゴマカシ薬(対症療法の薬)ではなく、酢は体そのものを丈夫にして病気を治そうとする原因療法のクスリです。」とか、「高血圧、糖尿病は酢で治し易い病気である。」「低血圧、貧血、胃下垂を治すのも酢だけです。」「動脈硬化と酢―動脈硬化の薬とて以上の食品の抽出物リノール酸・メチオニンなどしかありませんし、純品では薬害を生じます。(酢だけは純品の唯一の例外)」などの、「酢」の薬効を強調するのあまり、特定の疾病に関しては、現代医学は全く無力であり、他方「酢」は万能であるという趣旨にとれる記載が含まれている。「酢」の一般的な効用を説くこと自体は自由であるにしても、その効用を極端に強調し、特定の疾病に対し、現代医学は無力であつて「酢」は万能であり、「酢」を飲んでおりさえすればこれらの疾病から必ず解放されるかのような宣伝をして、「酢」を原料とする特定の製品の販売をすることは、やはり行過ぎであるといわざるをえないのであつて、かかる宣伝をして本件「つかれず等」を販売するときは、その名称・形状が一般の「医薬品」とかなりの類似性を有することとあいまち(ちなみに、被告人Aが製品の固形化を図つた点について合理的な理由がないとはいえないことは、反対意見の指摘するとおりであるにしても、その結果として、製品の形状が「食品」としての「酢」本来の姿とは著しく異なる外見を呈し、一般に「くすり」的なものとしてうけとられるおそれがあることは、これを否定することができないであろう。)、標榜された製品の薬効に対し国民の不当な過信を招くおそれがないとはいえないと思われる。
以上の理由により、私は、本件において被告人Aが販売した「つかれず等」については、その薬効を極度に強調した前記のような演述・宣伝を前提とするかぎり、結局、これが薬事法の規制の対象たる「医薬品」の概念にあたることを否定し難いものと考えるものである。」
最高裁判事の反対意見と補足意見とで見解が合致している点があります。
それは、薬機法の趣旨の捉え方(人や動物の生命健康への積極的危険を防止すること及び医療を適時適切に受ける機会の喪失しないという消極的弊害の防止)の点と、人の健康上有益無害と考えられる物質については、その薬効を標榜してこれを販売したからといつて、ただちに「医薬品」にあたると考えるべきではないという点です。
以上の最高裁判事の反対意見及び補足意見から我々が参考にすべき点は、
①薬機法の規制の趣旨から考えて、人体に有益無害な食品については、これを名称、形状、販売方法などから医薬品と判断と判断することには謙抑的であるべきだということ(刑事罰の対象であることも、謙抑的であることの根拠になると考えられます)
②しかしながら、消極的弊害の防止の趣旨から、極端に効能効果を強調してはならない
という2点にあると考えます。
以上より「明らか食品」の訴求表現を検討する場合には、「明らか食品」は人体に有益無害な食品であるといえる場合がほとんどであることから、上記明らか食品の代表例の範疇に入る物については、薬機法の適用の点については、専ら医薬品として使用される成分本質(原材料)リストに上げられている成分が含まれていない限りは、宣伝表記について過剰に委縮する必要はなく、極端な効能効果の強調表現を避けるべきように思われます。
「明らか食品」であれば、どんな効能効果を表記しても問題はないか
「明らか食品」であるとして薬機法の適用がないとしても、効能効果の表記については健康増進法、景表法の規制を受ける場合があります。
概要は以下のとおりです。
| 禁止事項 | サンクション |
健康増進法 | ・無許可での特定用途表示の禁止(健43条1項) ・虚偽誇大広告の禁止(健65条) ・保健機能食品と紛らわしい名称、栄養成分の機能及び特定の保健目的が期待できる旨の表示の禁止(食品表示基準9Ⅰ⑩、23Ⅰ⑧) | ・無許可表示(健43条1項違反):50万円以下の罰金 ・虚偽誇大広告:指導、勧告(健66条1項)、措置命令(健66条2項)、措置命令違反は6月以下の懲役または100万円以下の罰金(健71条) |
景表法 | ・優良誤認表示の禁止(5条1号) ・不実証広告規制(7条2項) | 措置命令(7条1項柱書前段)、課徴金納付命令(8条1項柱書)、措置命令違反は2年以下の懲役または300万円以下の罰金・併科、法人には3億円以下の罰金、防止措置を講じなかった法人代表者には300万円以下の罰金 |
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