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Taku Miyagawa

サプライチェーンにおける人権関連義務遵守の本質的理由

~ドイツのサプライチェーンDD(注意義務)法を中心に


近時、米欧を中心に人権リスクに対する法令整備の動きが顕著であるが、これは単純に「人権擁護」を推し進める目的のものではなく、サプライチェーンの合法的かつ半強制的な入替えを促す仕組みと捉えるべきである。


ドイツの「サプライチェーンにおける人権侵害を回避するための企業家的注意義務に関する法律」(以下「サプライチェーンDD法」)は、その中でも特に注目すべき法令である(2021年7月16日公布、2023年1月1日施行)。

同法の日本語訳について、舩津浩司 後藤彰子(2007年)「ドイツのサプライチェーン注意義務法」 国際商事法務、Vol50, No.7、809-821 参照


同法は、「企業は、そのサプライチェーンにおいて、人権リスク若しくは環境関連リスクを防止し、 若しくは最小化し、又は、人権関連義務若しくは環境関連義務の違反を終息させるという目的をもって、本節に定める人権上の注意義務及び環境関連の注意義務を適切な方法で遵守する義務を負う」と定める(同法3条1項)。そのうえで、人権リスク(及び環境リスク)の内容を定義づけた上で、企業の注意義務の内容として、

✓リスク管理システムの構築

✓リスク分析の実施、

✓防止措置の設定

✓是正措置

などを具体的に規定している。


なお、サプライチェーンDD法におけるサプライチェーンとは次のように定義される(同法2条5項)。


この法律の意味におけるサプライチェーンは、企業の全ての製品及びサービスに関係する。
サプライチェーンは、製品の製造及びサービスの提供のために必要な原材料の産出から始まり最終顧客への引き渡しまでの国内外の全ての段階が含まれ、かつ、以下の各号に掲げる事項を含む;
1.企業の自己の事業領域における取引
2.直接的供給者の取引、及び
3.間接的供給者の取引。


サプライチェーンDD法に定められる注意義務の中でも特に注目すべきであるのは、

是正措置の内容として、直接供給者(直接の取引先)における人権侵害が極めて深刻であったり是正措置の効果がない場合には、取引関係の打ち切りが必要とされていること(同法第7条第3項)さらに間接的供給者の人権侵害を認識した場合には防止措置、回避計画、場合によってはポリシーステートメントの更新が求められる(同法9条3項)点にある。


また、企業は、防止措置として、直接供給者に対し人権及び環境関連の期待を遵守し、かつそれをサプライチェーン全体に発することについて直接供給者に契約上の誓約を定着させる義務がある(同法6条4項)

つまりサプライヤー憲章を定め各サプライヤーに人権や環境を保護する旨を誓約させることを義務付けるものである。さらに当該防止措置は、1年に1度などの定期的な検査と更新が義務付けられている(同条5項)。


そして、この法令の実効性を担保するサンクションとしては、例えば是正措置を適時に講じないような場合には、最大80万ユーロ以下の過料(1ユーロ140円とすると、約1.12億円)、さらに平均年間売上高が4億ユーロ超の法人・団体に対しては平均年間売上高の2%以下の過料(なお、平均年間売上高は推計することが許される)が用意されている(同法24条)。


また、その他の法令の実効性を担保する措置としては、文書化義務及び報告書の公開も定められている(同法10条)。これは、企業が前事業年度における注意義務の履行に関し年次報告書を作成し、事業年度の終了から4か月以内に企業のインターネットサイト上で7年間無償公開しなければならない(同条2項)というものである。そして、報告書には、企業が認識した人権リスク又は環境関連リスク・それらの違反、防止措置や是正措置などの履行のために企業が何を行ったか、その措置の影響や有効性、今後の措置に関してといった項目を記載する必要がある。


上記サプライチェーンDD法は、ドイツ国内に本店、主たる事業所、支店等があり、3000人以上の労働者がドイツ国内で従事する企業に適用される(同法1条)。また、基本的には自己及び直接供給者における人権リスクの最小化を企図するものである。


よって、我が国の企業に直ちにかつ第一義的に影響が及ぶ場合とは、ドイツに支店がありドイツ国内で3000人以上の労働者が従事する企業や、本法令が適用される企業の直接取引先となっている企業ということになる。その数自体はさほど多くはないだろう。


しかしながら、サプライチェーンDD法が我が国企業に与えるインパクトは看過できない。

既に検討したとおり、サプライチェーンDD法は、強烈な制裁金を背景にした是正措置の強制、深刻な人権・環境関連義務違反について是正措置が講じられない場合の契約解消義務、サプライヤー憲章の誓約義務、報告義務及びその公表などを定めることにより、人権・環境関連義務に違反するサプライチェーンの入替えを合法的かつ半強制的に促している。

具体的にいうと、自社がドイツ企業を元請けとするサプライチェーンに組み込まれている場合、自社において人権侵害があると、そのサプライチェーンの系列から切り離される可能性があることを意味する。自社に人権侵害がないとしても、自社の下請先に短納期や低コストを要請し下請先労働者の人権侵害を誘発させている場合にも、サプライチェーンの系列から外される可能性がある。

この法令の真の目的は、旧態依然としたグローバル大企業を中心とするサプライチェーン網(また、Tier 1が別の国にある場合は、Tier2以下は必然的に当該国に集積する)を刷新し、それに代わって自国企業をサプライチェーンに組み込み国力の底上げを図る点にあるとみられる。


ドイツのサプライチェーンDD法を初めとした欧州各国の人権規制に関する法制化の動きは、サプライチェーンの入替えを合法的かつ半強制的に促す仕組みと評価することもできる。我が国において、「人権擁護」という言葉は、理念的かつイデオロギー的に捉えられる向きもあるが、グローバル取引の観点からはサプライチェーンから外される要因にもなることから、今後は、この人権リスクに対して真剣に取り組んでいく必要がある。

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